小野光希さんは、スノーボード女子ハーフパイプで活躍する日本のトップアスリートです。
2026年2月のミラノ・コルティナ冬季五輪では銅メダルを獲得し、大きな注目を集めています。
この記事では、小野光希さんの出身校(中学・高校・大学)や経歴、家族構成について詳しくまとめました。
気になる方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
小野光希選手がミラノ五輪で銅メダル獲得!どんな競技?
小野光希さんは、2026年2月13日(日本時間)に行われたミラノ・コルティナ冬季五輪のスノーボード女子ハーフパイプ決勝で、85.00点を記録し銅メダルを獲得しました。
この種目で日本勢が表彰台に立つのは2大会連続で、前回の北京五輪では冨田せなさんが銅メダルを獲得していました。
ハーフパイプとは、U字型の斜面で技を繰り出し、その難易度や完成度を競う競技です。
小野さんは予選11位からの巻き返しで、決勝1本目にフロントサイド1080などの高難度技を決めて、見事にメダルを手にしました。
試合後のインタビューで小野さんは「本当に重い。4年間がギュッと詰まっている」と涙を流しながら語り、前回の北京五輪9位からの成長を実感している様子でした。
長い道のりを経てのメダル獲得は、本当に感動的でしたね。

引用元:読売新聞
小野光希選手の出身中学はどこ?
小野光希さんの出身中学校は、埼玉県吉川市立中央中学校です。
地元の公立中学校に通いながら、すでに国際大会で結果を出していた時期でした。
中学時代の競技実績は?
小野さんの中学時代で最も輝かしい実績は、2018年のFISフリースタイル&スノーボード・ジュニア世界選手権での優勝です。
このときはまだ中学3年生で、国際大会初出場での金メダル獲得という快挙を成し遂げました。
優勝後には吉川市役所を訪れ、当時の市長に報告していたそうです。
中学生のときから「小さな頃から目指してきたオリンピックに必ず出ます!」と力強く語っていたというエピソードが残っています。
この世界ジュニア選手権優勝は、小野さんにとって世界の舞台で戦う自信をつける大きなターニングポイントになったと言えますね。
介護の現場でも、小さな成功体験が大きな自信につながることを日々感じますが、スポーツの世界でも同じなんだなと思います。
競技を始めたきっかけやエピソード
小野光希さんがスノーボードを始めたのは、わずか3歳のときです。
両親がスノーボード好きで、幼い頃から新潟県のゲレンデによく連れて行ってもらっていたそうです。
さらに、2歳上のお姉さんである小野愛佳さんもスノーボード選手として活躍しており、姉妹揃って雪山で育ってきました。
そして小学生のときに、2010年バンクーバー五輪のハーフパイプ競技をテレビで見たことが、本格的にハーフパイプを始めるきっかけになったと言われています。
家族の影響と、五輪という夢の舞台への憧れ。
この2つが重なって、今の小野光希さんが生まれたんですね。家族の存在って、本当に大きいなと改めて感じます。
小野光希選手の出身高校はどこ?
小野光希さんの出身高校は、東京都北区にある私立成立学園高等学校です。
都内の高校に進学し、競技活動と学業を両立させていました。
高校時代の主な成績や大会実績
高校時代の小野さんは、まさに飛躍の時期でした。主な実績をまとめると以下のとおりです。
・2019年:FISジュニア世界選手権 優勝(2連覇達成)
・2020年1月:ローザンヌ冬季ユースオリンピック 金メダル
・2022年2月:北京冬季五輪 9位入賞(高校3年生のとき)
特に注目すべきは、高校1年生のときに出場した2020年のローザンヌ冬季ユースオリンピックです。
このとき小野さんは95.33点という高得点で金メダルを獲得し、日本の15歳コンビ(鍛治茉音さんと)でワンツーフィニッシュを飾りました。
そして高校3年生のときには、北京冬季五輪に初出場。
予選では83.75点で2位通過という素晴らしい滑りを見せましたが、決勝では高難度技が決まらず9位という結果に終わりました。
この東京スポーツ奨励賞も受賞しており、高校時代はまさに「次世代のエース」として期待されていた時期でしたね。
高校での成長エピソード
高校時代の小野さんは、ただ技術を磨くだけでなく、精神面でも大きく成長していました。
成立学園高校での卒業式では、北京五輪での経験を胸に「次は必ずメダルを取ります」と誓っていたそうです。
また、高校在学中から海外遠征が多く、現地でのインタビューにも英語で対応していたというエピソードがあります。競技だけでなく、語学力も磨いていたんですね。
ちなみに、成立学園高校の公式ブログでは、小野さんの活躍が何度も紹介されており、学校全体で応援していた様子が伝わってきます。
周囲の支えがあってこその成長だったんだと思います。
小野光希選手の出身大学はどこ?
小野光希さんは、2022年4月に早稲田大学スポーツ科学部に入学し、2026年3月に卒業予定です。
文武両道を貫き、競技と学業をしっかり両立させてきました。
大学時代の競技実績
大学時代の小野さんは、まさに世界のトップレベルへと駆け上がった時期でした。主な実績は以下のとおりです。
・2022-2023シーズン:ワールドカップ種目別総合優勝(日本人女子初)
・2023-2024シーズン:ワールドカップ種目別総合優勝(2連覇達成)
・2023年世界選手権:3位
・2024年世界選手権:3位
・2026年ミラノ五輪:銅メダル
特に、ワールドカップでは通算7勝を挙げ、2023年2月には初優勝からの3連勝という快挙を達成しました。
この結果、日本人女子として初めてワールドカップハーフパイプ種目別総合優勝を果たし、世界ランキング1位にも輝いたんです。
大学時代はただ競技に打ち込むだけでなく、遠征中も夜に大学の勉強に取り組む努力家だったそうです。
コーチングや心理学を学び、それを競技にも活かしていたと言われています。この姿勢には本当に頭が下がりますね。
五輪代表への道のり
小野さんの五輪代表への道のりは、決して平坦ではありませんでした。
2022年の北京五輪では9位に終わり、試合後には進退に悩んだ時期もあったそうです。
しかし、交通事故で入院していた母親の静恵さんが電話で「一緒に頑張ろう」と励ましてくれたことが、再び立ち上がるきっかけになりました。
その後は1からトレーニングを積み直し、ワールドカップでの好成績を重ねて、見事に2度目の五輪代表入りを果たしたのです。
2026年1月のワールドカップ第4戦では91.00点で今季初優勝を飾り、五輪代表入りを確実にしました。そしてミラノ五輪では、予選11位からの巻き返しで銅メダルを獲得。4年間の努力が報われた瞬間でした。
私も介護の仕事で、利用者さんが諦めずにリハビリを続ける姿を見ることがありますが、努力を積み重ねた先に大きな成果があるんだなと、小野さんの姿から教えられました。
ミラノ五輪までの経歴を時系列でまとめ
小野光希さんの経歴を時系列で整理すると、その成長の軌跡がよく分かります。

引用元:小野光希Instagram
ジュニア時代からシニアへ
小野さんは3歳でスノーボードを始め、小学生のときにハーフパイプに転向しました。その後の主な経歴は以下のとおりです。
【ジュニア時代の主な実績】
2017年:BURTON US OPENジュニアジャム 優勝
2018年:BURTON US OPENジュニアジャム 優勝(2連覇)
2018年:FISジュニア世界選手権 優勝(中学3年生)
2019年:FISジュニア世界選手権 優勝(2連覇)
2020年:ローザンヌ冬季ユースオリンピック 金メダル(高校1年生)
2019-2020シーズンからワールドカップに参戦し、シニアカテゴリーでの戦いをスタートさせました。ジュニア時代から「完全制覇」と言える実績を残していたんですね。
主要国際大会の成績
シニアに転向してからの小野さんは、着実に世界トップレベルの選手へと成長していきました。
【シニア時代の主な成績】
2022年:北京冬季五輪 9位
2023年:世界選手権 3位
2023年:ワールドカップ種目別総合優勝(日本人女子初)
2024年:世界選手権 3位
2024年:ワールドカップ種目別総合優勝(2連覇)
2026年:ミラノ・コルティナ冬季五輪 銅メダル
ワールドカップでは通算7勝を挙げ、特に2023年2月のカルガリー大会では初優勝からの3連勝を達成しています。この安定感が、世界ランキング1位という評価につながったんですね。
ミラノ五輪での活躍
2026年2月のミラノ五輪では、予選で11位と出遅れたものの、決勝1本目で85.00点を記録し銅メダルを獲得しました。
試合後のインタビューで小野さんは「正直4位かと思った」と複雑な気持ちを語りつつも、「4年間の積み重ねがぎゅっと詰まった重み」を感じていると話していました。
表彰式では、金メダルを獲得した韓国のチェ・ガオン選手や銀メダルのクロエ・キム選手と笑顔で写真に収まり、その姿にSNSでは「美しい」「静かに噛み締める姿が素敵」と称賛の声が広がりました。
北京五輪での悔しさをバネに、4年間努力し続けた結果がこの銅メダルだったんですね。
本当に素晴らしいです!
小野光希選手の家族構成は?
小野光希さんは、父親・母親・姉・光希さんの4人家族です。
家族全員がスノーボード好きで、幼い頃から雪山に通っていたそうです。
両親はどんな人?
小野さんの両親については、名前や職業などの詳しい情報は公開されていません。
ただし、母親の名前は静恵さんで、2022年の北京五輪のときには47歳だったことが分かっています。
静恵さんは、小野さんが北京五輪で9位に終わったとき、自宅で応援しながら「初めてのオリンピックで、光希らしく滑った」とコメントしていました。
また、その後小野さんが進退に悩んだ際には、交通事故で入院中にもかかわらず電話で「一緒に頑張ろう」と励ましていたそうです。
両親は選手ではありませんが、スノーボードが好きで、幼い頃から小野さんと姉を新潟のゲレンデに連れて行っていました。
この環境が、姉妹をトップアスリートへと育てたんですね。
母親が入院中でも娘を励ます姿に、親の愛情の深さを感じました。
兄弟姉妹はいる?
小野光希さんには、2歳上の姉・小野愛佳(おの あいか)さんがいます。
愛佳さんもスノーボード選手で、2008年からスノーボードを始め、2016年にプロデビューしました。
愛佳さんは全日本選手権ユース・一般クラスで優勝するなど、数々の大会で結果を残してきた実力者です。
現在はプロとしての活動を引退しているようですが、姉妹揃ってハーフパイプで活躍していたんですね。
小野光希さんがスノーボードを始めたのも、この姉の影響が大きかったと言われています。姉妹で同じ競技に打ち込む姿って、とても素敵ですよね。
家族の支えやエピソード
小野さんの家族は、常に彼女を支え続けてきました。特に印象的なのは、母親の静恵さんが入院中にも電話で励ましていたというエピソードです。
北京五輪後、小野さんは「このまま続けるべきか」と悩んでいました。そんなとき、交通事故で入院していた母親から「一緒に頑張ろう」という言葉をもらい、再びトレーニングに打ち込む決意をしたそうです。この母親の一言が、ミラノ五輪での銅メダルにつながったと言えますね。
また、父親や姉も常に小野さんを応援しており、家族全員で支え合ってきたことが伝わってきます。
介護の現場でも、家族の支えが利用者さんの回復に大きく影響することを実感しますが、アスリートの世界でも同じなんだなと思います。
小野光希選手の簡単プロフィール
小野光希さんの基本プロフィールをまとめると、以下のとおりです。

引用元:小野光希Instagram
年齢や生年月日は?
| 名前 | 小野 光希(おの みつき) |
|---|---|
| 生年月日 | 2004年3月5日 |
| 年齢 | 21歳(2026年2月時点) |
| 出身地 | 埼玉県吉川市 |
小野さんは2004年生まれで、現在21歳です。
まだ若いですが、すでに世界のトップレベルで活躍しているんですね。
身長や体格などの基本情報
| 身長 | 154cm |
|---|---|
| 体重 | 47kg |
| 出身中学 | 吉川市立中央中学校 |
| 出身高校 | 成立学園高等学校 |
| 出身大学 | 早稲田大学スポーツ科学部(2026年3月卒業予定) |
| 所属 | BURTON |
| 競技 | スノーボード・ハーフパイプ |
身長154cm、体重47kgと、小柄な体格ながら、高いエアと正確な技で世界と戦っています。
ハーフパイプ選手としては標準的なサイズですが、その体からは想像できないほどのパワフルな滑りが魅力なんです。
また、早稲田大学ではコーチングや心理学を学び、それを競技に活かしているというのも興味深いですね。
文武両道を体現している選手です。
世間の反応やSNSの声
ミラノ五輪での小野光希さんの銅メダル獲得に、SNS上では多くの祝福の声が寄せられました。
「これ見ただけでグッとくる」「静かに噛み締める姿が素敵」といった、表彰式での落ち着いた姿に感動する声が多数見られました。
また、「4年間の努力が報われて本当に良かった」「北京のリベンジを果たした!」といった、これまでの道のりを知る人たちからの応援メッセージも溢れていました。
特に、地元の埼玉県吉川市では、小野さんの活躍を市全体で祝福しています。
市長も自身のブログで「2018年に市役所を訪ねてくれた時はまだ中学生だった光希さんが、見事銅メダルを獲得した」と喜びを語っていました。
また、出身校の成立学園高校や早稲田大学も、公式サイトやSNSで小野さんの活躍を称えています。
多くの人に支えられ、愛されている選手なんですね。
登山で頂上に立ったときの達成感と、周りの人たちと喜びを分かち合う瞬間が、私にとってはいちばん心に残る時間なんですが、小野さんもきっと同じような気持ちだったんじゃないかなと思います。
まとめ:小野光希の出身校と経歴から見える努力の軌跡
小野光希さんについて、この記事で分かったことをまとめます。
【要点まとめ】
・出身中学は埼玉県吉川市立中央中学校で、中学3年生のときに世界ジュニア選手権優勝
・出身高校は東京都北区の成立学園高等学校で、ユースオリンピック金メダルや北京五輪出場を経験
・出身大学は早稲田大学スポーツ科学部で、ワールドカップ種目別総合優勝2連覇を達成
・家族構成は父・母・姉の4人家族で、姉もスノーボード選手
・2026年ミラノ五輪で銅メダルを獲得し、4年間の努力が実を結んだ
・身長154cm、体重47kgの小柄な体格ながら世界のトップレベルで活躍
・母親の励ましが、北京五輪後の苦しい時期を乗り越える力になった
小野光希さんの真面目で努力家な人柄や、家族の支えを受けながら成長してきた姿が、少しでも伝わっていれば嬉しいです。
ミラノ五輪での銅メダルは、まさに「継続は力なり」を体現した結果だと思います。
これからも国際大会での活躍が期待されていますし、まだ21歳という若さですから、次の五輪でさらなる飛躍があるかもしれませんね。
小野光希さんの新しい情報が入ったら、また追記していきますね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


コメント