様々な人の共感を呼び今人気の岡崎体育さん。
7月13日の情熱大陸に出演されます。
どこか冴えない風貌。「なんかダサい。でもクセになる。」
なぜ人気があるのか気になりませんか
そんな岡崎体育さんの「劣等感」に焦点を当て、人気の理由を5つにまとめてご紹介します。
一緒に見ていきましょう!
プロフィール
本名:岡 亮聡(おか あきとし)
生年月日:1989年7月3日(36歳)
出身:兵庫県西宮市生まれ、幼少期は京都府宇治市で過ごしています。
学歴:同志社大学文化情報学部 卒業
幼少期にピアノを習い始めたのが音楽との出会い。
母親がクイーンの追っかけだったことで音楽好きに。
学生時代にはバンド活動の経験がありました。
活動開始:2012年頃より、「岡崎体育」としてソロ活動開始
ジャンル・職業:テクノ/J-POPをベースにしたシンガーソングライター、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア、俳優
岡崎体育さんの肩書、とても多くないですか?
ジャンルを並べるだけで、異色という言葉がぴったりです。
劣等感
地元での体験
岡崎体育さんは京都府宇治市出身。
京都市内の“洗練された雰囲気”に対して、宇治市民として「俺らと何が違うんだ!」という強い劣等感を抱いていたと語っています。
中学生の頃、京都市内に服を買いに行くと、同年代の子たちはNew BalanceやNikeを履き、どこか“シュッとしている”。
その姿に「やっぱり俺らとは違うんだ」と感じたそうです。

この違いへの違和感が、彼の中で他者を観察し、分析する力へと変化していきました。
京都市民の“粗探し”をするようになったというエピソードはそこから生まれています。
京都民を嫌いないわけではありませんでした。
業界での違和感
業界を「チャチャ入れる一般人の目」で見ていると語っています。
だからこそ“あるある”を鋭く切り取っているのですね。
自分とは違う存在を見つめ続けてきたからこそ生まれた視点なのかもしれませんね。
評価されない怒り
「なんの賞ももらえへんし、なんのトロフィーもない」という悔しさが、曲作りのエネルギーになっていると語っています。

音楽業界でなかなか評価されなかった時期に、怒りや悔しさをエネルギーに変えて曲を作り続けてきたと語っています。
このエピソードは、評価されないことが創作の火種になる!という。
すべての表現者に通じる真理を示していますよね。
岡崎体育さんは、心の奥にある痛みや怒りを笑いや音楽に変えてきたからこそ、誰にも真似できない存在になったんだと思います。
感情をそのまま吐き出すのではなく、作品として磨き上げるその姿勢が、彼を“唯一無二”にしているのだと感じました。
劣等感
岡崎体育さんは、インタビューなどでたびたび「自分は才能がない」「音楽で勝てるタイプじゃない」と語っています。
でもそれって、ただの謙遜じゃない気がするんですよね。
彼は本気で「自分は特別じゃない」と思っていた。
「じゃあどうやって売れる?」と戦略を練ったのだと思います。
「見た目で勝負できない」「正統派の歌で勝てない」そんな“できないこと”を逆手に取って、あえて「ダサかっこいい」や「MVあるある」みたいなネタに昇華する。
その発想力と勇気、すごいです!
自虐や皮肉をユーモアに変えるセンスは、劣等感を知っているからこそ生まれたのでしょうね。
劣等感は、時に人を萎縮させるものですが、それを「笑い」や「共感」に昇華するフィルターとして使っているのが本当に見事です。
魅力5選
観察力
岡崎体育さんの洞察力がよく現れている例のひとつが、代表曲「MUSIC VIDEO」で描かれた“ありがちなMVあるある”のパロディ。
たとえば「横顔で歌う」「雨の中で傘をささない」「不自然なカメラ目線」など、音楽業界の“お約束”を次々と再現しつつ、それを笑いに変えているところ面白過ぎです。
普通なら見過ごしてしまうようなMV演出のパターンに「ツッコみ」を入れられるのは、彼の鋭い観察眼があってこそだと思います。
この曲を初めて観たとき、私は思わず笑ってしまったと同時に「たしかにあるある!」と妙に納得してしまいました。
笑いながら、音楽業界や演出の形式化に対して“軽やかな批評”をしているようにも感じられて、ただのネタに終わらない奥深さを感じました。
こういう視点こそ、岡崎体育さんの真骨頂ですよね。
ユーモア
岡崎体育さんのユーモアが炸裂している代表的な例といえば、やはり「家族構成」という楽曲です。
この曲は、いきなり
♪「父、母、姉、俺」
という超シンプルな歌詞から始まり、そのあとも家族構成をただただ羅列するという“意味のないようでクセになる”内容。
あまりにも淡々と「姉、弟、母、俺」とか「父、母、母、俺」などと言い続けるので、聴いてるうちに「なにこれ…じわじわ面白い!」となってしまいます。
普通は感動的に描かれがちな“家族”というテーマを、あえて完全に無意味なパターンの羅列にするという逆転の発想。
この“あえてふざける”感じが岡崎体育さんのユーモアの真髄で、真面目なテーマをあっさり茶化すことで、逆にリスナーの心に残るんですよね。
彼のユーモアは、ふざけてるようでどこか知的。そこがクセになる理由のひとつだと思います。
ちなみにミュージックビデオに出演しているのは本当の家族ではありません。
一人っ子ですしね。
挑戦
岡崎体育さんの「挑戦」といえば、やはり2019年のさいたまスーパーアリーナ単独公演が象徴的です.

引用元:さいたまスーパーアリーナ
音楽業界でも「武道館の壁」を越えるのは大きな目標とされますが、彼はそのさらに上のSSA(収容人数18,000人)にソロで挑んだんです。しかも、あくまで「1人」で。
バンドもコーラスもダンサーもなし。
ステージ上には岡崎体育さんだけ。観客は1万8000人。
このスケール感で“全部自分でやる”と決めたのは、ある意味で無謀にも思える挑戦でしたが、それをやりきってしまった。
もちろん、映像や演出などテクノロジーも駆使しましたが、根幹にあるのは「1人でエンタメを成立させる」という意志の強さです。
この挑戦には「どうせ俺なんか」という劣等感を持ちながらも、「それでもやってやる」という反骨心と、音楽に対する強い愛情が詰まっているように感じました。
見た目やキャラクターで笑わせることが多い彼ですが、実は“野心”も“覚悟”も持った本気の表現者なんだと感じさせてくれる挑戦でしたね。
共感力
岡崎体育さんの共感力がよく表れているのは、やはり彼の歌詞やMC、SNSでの発言などににじみ出る「自分もダメだから、あなたも大丈夫だよ」というスタンスです。
たとえば楽曲「感情のピクセル」のミュージックビデオは見ていると泣けてきます。
多くの人が抱える孤独や不安、自己否定の感情を、岡崎体育さんは「わかる、俺もそうだったよ」という目線で描く。
説教しない。励ましすぎない。
ただ「そこにいるよ」と言ってくれるような優しさがある。
それは、彼自身が「劣等感」や「孤立感」をリアルに経験してきたからこそ、言葉に重みがあるんだと思います。
「ちょっと自虐」「ちょっとふざけてる」くらいの距離感も絶妙で、押しつけがましくなくて、自然とスッと入ってくるんですよね。
笑わせながら、ちゃんと寄り添う。
岡崎体育さんの共感力は、そういう「笑いとやさしさの同居」ができるところにあると感じています。
創作意欲
岡崎体育さんの創作意欲は、「音楽だけで終わらない」多才な活動にあらわれています。
たとえば、彼はただのシンガーソングライターにとどまりません。
MVの企画・演出・編集まで自分で手がけることも多いです。
楽曲提供や俳優業、声優、CM出演、そしてバラエティ番組出演までこなします。
創作意欲の原動力は“自己表現”だけでなく、人を楽しませたいというサービス精神なんですよね
楽曲のネタが一発芸的に思われがちでも、その裏には音楽理論やサウンドデザインの知識がしっかり詰まっていて、「ふざけてるようで、実は本気」な姿勢が随所に見られます。
また、自分の劣等感や怒りを“笑える形”にしてアウトプットしている。
ある意味では創作という行為そのものが“心の整理”であり、きるための手段になっているようにも感じられます。
誰かを笑わせるため、自分を乗り越えるため――
岡崎体育さんの創作意欲は、まさに「生きざま」そのものなのかもしれません。
まとめ
岡崎体育さんは
洞察力・ユーモア・挑戦・共感力・そして創作意欲の5つの魅力を
持ち合わせたアーティストでした。
劣等感や評価されない悔しさや怒り。
それでも踏ん張りあきらめなければ、その続きの先にきっと望んでいる未来が待っているのかもしれません。
現実いつ来るかわからない成功の未来に挫け腐っていってしまう人も多い事でしょう。
私自身評価されないことに怒りを感じ才能のなさに苦しみながら過ごす毎日です。
このブログを読むことで先の見えない頑張りに苦しんでいる人が頑張る力になってもらえたら嬉しいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました yuzuhana
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