三木つばき(スノボ)の経歴とプロフィール!実績と実力を徹底解説!

三木つばき(スノボ)の経歴とプロフィール!実績と実力を徹底解説! スポーツ
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最近、ニュースでスノーボードの三木つばき選手の活躍を目にする機会が増えましたよね。

私も登山が趣味なので、雪山で活躍する選手には自然と目が行ってしまいます。

2026年2月に開催されるミラノ・コルティナ五輪で金メダル候補と言われている三木つばき選手。

実は静岡県出身で、雪がほとんど降らない環境から世界の頂点を目指しているというから驚きです。

今回は、そんな三木つばき選手の経歴やプロフィール、そして実績について詳しくまとめてみました。

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三木つばきがW杯総合優勝!ミラノ五輪で金メダル期待の選手

三木つばき選手の2024-2025シーズンは、まさに「飛躍の年」でした。

スノーボードのアルペン種目で、ワールドカップ(W杯)総合優勝を達成!これは日本人選手として史上初の快挙です。

パラレル大回転とパラレル回転を合わせた全17戦で、なんと表彰台に13回も上がり、優勝は4回。

表彰台率は驚異の81.25%という圧倒的な安定感を見せました。

さらに2025年3月の世界選手権では、パラレル大回転で銀メダル、パラレル回転で金メダルを獲得。

世界選手権での金メダル獲得は2023年大会に続き2回目となります。

この結果を受けて、全日本スキー連盟からは2024-2025シーズンの最優秀選手賞にも選ばれました。

まさに日本のスノーボード界を牽引する存在となっているんですね。

私自身、登山をしていると雪山の厳しさをほんの少しだけ感じることがありますが、その斜面を猛スピードで駆け下りる三木選手の技術と勇気には本当に頭が下がります。

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三木つばきのWikiプロフィール

三木つばき

引用元:浜松いわた信用金庫 はみぃチャンネル

ここからは、三木つばき選手の基本的なプロフィールを見ていきましょう。

年齢や生年月日は?

三木つばき選手は2003年6月1日生まれで、現在22歳(2026年1月時点)です。

私から見ると、まだまだ若いのに世界のトップで活躍しているなんて、本当にすごいことですよね。

北京五輪に出場したのが18歳の時ですから、若くして大舞台を経験してきた選手です。

出身地や身長などの基本情報

本名:三木つばき(みき つばき)
生まれ:長野県北安曇郡白馬村
出身地:静岡県掛川市(5歳から在住)
身長:173cm
体重:70kg
血液型:A型

興味深いのは、長野県の白馬村で生まれながら、5歳の時に静岡県掛川市に引っ越したという点です。

掛川市は雪がほとんど降らない地域。

それでもスノーボードを続けてきた努力には本当に頭が下がります。

身長173cmという恵まれた体格も、スノーボードアルペン競技において有利に働いているようです。

所属や学歴について

所属
浜松いわた信用金庫

学歴
掛川市立桜木小学校
掛川市立桜が丘中学校
勇志国際高等学校(卒業)
日本体育大学 体育学部体育学科(在学中)

現在は日本体育大学に在籍しながら、プロのスノーボーダーとして世界を転戦しているんですね。

学業と競技の両立は本当に大変だと思います。

掛川市の地元の学校で育ち、その後も静岡を拠点にしながら世界で戦う姿は、地元の人たちにとっても大きな誇りでしょう。

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デビューから世界女王までの経歴を時系列で

三木つばき選手がどのようにして世界のトップに登りつめたのか、その道のりを見ていきましょう。

4歳でスノーボードを始めたきっかけ

三木つばき選手がスノーボードを始めたのは4歳の時

きっかけは、お父さんの影響でした。

父・浩二さんは元スノーボードインストラクターで、JSBA全日本テクニカル選手権大会で優勝経験もある元デモンストレーター。

スノーボードテクニカルという競技で日本一になったこともある本格的な選手だったそうです。

「父の背中を追いかけて、山を駆け巡った」と三木選手自身が語るように、幼い頃から父の滑る姿を見て育ったんですね。

6歳の時にアルペン種目の大会に出場し、小学生の部で3位に入賞。

「速さを求めて、勝つことの楽しさを知った」と振り返っています。

小学6年でプロ登録!史上最年少の快挙

三木選手の才能が本格的に開花したのは小学生時代です。

小学6年生の時には、SAJ主催の全日本ジュニア選手権の小学生の部で優勝。

そして11歳で史上最年少のアルペンスノーボーダーのプロ選手として登録されました。

これは本当にすごいことですよね。

小学生でプロになるなんて、並大抵の努力ではないと思います。

実は三木選手、小学3年生から単身で長野県に「山籠もり」をして冬季を過ごし、練習に励んでいたそうです。

8歳で「世界一速く山を駆け降りる選手になる!」と決意し、9歳から親元を離れて練習に打ち込む姿には、石橋を叩いて渡る私からすると、その覚悟の強さに驚かされます。

国際デビューから着実に実績を積み重ね

その後の三木選手の成長は目覚ましいものがありました。

2017年(13歳):SAJ強化指定選手Sランクに選ばれ、日本代表入り
2018-2019シーズン(15歳):ワールドカップにデビュー。日本人選手として最年少記録
2021年(17歳):世界ジュニア選手権で2位
2022年(18歳):北京オリンピック日本代表として出場。パラレル大回転で9位入賞
2023年(19歳):世界選手権パラレル大回転で金メダル獲得(日本人初の快挙)
2024-2025シーズン(21歳):ワールドカップ総合優勝(日本人初)、世界選手権で金・銀メダル

中学3年生でワールドカップデビュー、高校3年生で北京五輪出場と、若いうちから世界の舞台を経験してきました。

そして22歳の今、日本人初のワールドカップ総合優勝という快挙を成し遂げたのです。

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三木つばきの主な実績と現在の実力

三木つばき

引用元:浜松いわた信用金庫 はみぃチャンネル

ここからは、三木選手の具体的な実績を見ていきましょう。

2024-2025シーズンW杯総合優勝(日本人初)

2024-2025シーズン、三木選手はアルペン種目でワールドカップ総合優勝を果たしました。

これは日本勢初の快挙です。

パラレル大回転とパラレル回転を合わせた全17戦で、優勝4回、2位5回、3位4回という安定した成績を残しました。

表彰台率81.25%という数字は、圧倒的な実力を物語っています。

シーズン開幕前に「全体の70%で4強に進出」という目標を掲げていた三木選手ですが、それを大きく上回る結果を出したことになります。

さらに、パラレル大回転とパラレル回転の種目別でも両方で優勝を果たし、総合優勝との「3冠」を達成しました。

2025年世界選手権で金メダル・銀メダル獲得

2025年3月にスイスのエンガディンで開催された世界選手権では、2種目でメダルを獲得しました。

パラレル大回転:銀メダル(決勝でエステル・レデツカに敗れる)
パラレル回転:金メダル(決勝でエステル・レデツカを破る)

パラレル回転の決勝では、レース開始直後にレデツカ選手が転倒し、三木選手が大きくリードしました。しかし中盤で三木選手もバランスを崩すという波乱の展開に。

最後は三木選手がレデツカ選手の猛攻をしのぎきって見事優勝を果たしました。

「勝って連覇を」という思いで臨んだパラレル大回転では銀メダルに終わりましたが、パラレル回転で最大のライバルを破って金メダルを獲得したことは、ミラノ五輪に向けて大きな自信になったはずです。

W杯通算8勝!現在の世界ランキングは?

三木選手のワールドカップ通算勝利数は、2025年12月時点で通算8勝を記録しています。

2025年12月の中国・美林での大会では今季初優勝を飾り、この8勝目を達成しました。

パラレル大回転とパラレル回転の両種目で勝利を重ね、今や世界のトップレベルで安定して結果を出せる選手に成長しています。

また、現在の世界ランキングでは、パラレル大回転8位、パラレル回転9位、総合7位という位置につけています(公式FISランキング)。

まさに世界のトップレベルで戦える実力を持った選手と言えますね。

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ミラノ五輪2026でメダルの可能性は?

2026年2月に開幕するミラノ・コルティナ五輪。三木選手のメダル獲得の可能性はどのくらいあるのでしょうか。

大手メディアも注目する「金メダル候補」

各メディアでは、三木選手を「金メダル候補」として大きく取り上げています。

三木選手自身も「世界選手権優勝、W杯総合優勝を経験してあとは五輪の金メダル。

大舞台だからといって身構えることなく、自分が目指す最高の滑りをぶつけたいです」と語っています。

2022年の北京五輪では9位という結果でしたが、あれから3年。

着実に力をつけてきた三木選手にとって、今回のミラノ五輪は最高のタイミングと言えるでしょう。

「目標はオリンピック金メダル」と明言している三木選手。その強い決意が感じられます。

倒すべき「絶対女王」エステル・レデツカとは?

三木選手の前に立ちはだかる最大のライバルが、エステル・レデツカ選手(チェコ)です。

レデツカ選手は、2018年平昌五輪でアルペンスキーとスノーボードの「二刀流」で2冠を達成した伝説的な選手。

さらに2022年北京五輪でもスノーボードパラレル大回転で金メダルを獲得し、五輪2連覇を果たしています。

まさに「絶対女王」と呼ぶにふさわしい実力の持ち主です。

2025年世界選手権では、パラレル大回転でレデツカ選手に敗れたものの、パラレル回転では三木選手が勝利。

互いに譲らない接戦が続いています。

「五輪というスペシャルな舞台でエステル・レデツカ選手と戦えるならすごく嬉しい」と三木選手。

このライバル関係が、お互いをさらに高いレベルへと押し上げているように感じます。

地元・静岡での応援体制も万全

三木選手の地元、静岡県掛川市では応援体制も整っています。

2026年1月には、掛川市役所に三木選手への応援メッセージパネルが設置されました。

市長も日の丸の旗に「掛川市民みんなで三木つばき選手を応援します」とメッセージをしたため、五輪での健闘を祈っています。

また、所属する浜松いわた信用金庫でも応援企画を実施。

母校の掛川市立桜木小学校や桜が丘中学校の児童・生徒からも応援の寄書きが贈られました。

地域全体で三木選手を応援する温かい空気が感じられますね。

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雪のない静岡から世界へ!三木つばきの魅力

三木つばき選手の最大の魅力は、「雪のない地域から世界の頂点を目指す」というストーリーではないでしょうか。

長野県白馬村で生まれ、4歳でスノーボードを始めたものの、5歳で静岡県掛川市に引っ越し。

掛川市は近隣を含めてスキー場のない地域です。

それでも三木選手は諦めませんでした。

小学3年生から単身で長野県に「山籠もり」をして冬季を過ごし、練習に励む。

そんな努力の積み重ねが、今の世界女王を作り上げたのです。

「暖かくて、すごく住みやすくて大好き」と地元への愛情を語る三木選手。

雪のない故郷に五輪のメダルを持ち帰る日が楽しみですね。

私も新潟出身で雪には慣れていますが、逆に雪のない環境でウィンタースポーツを極めるという発想はなかなかできません。

三木選手の「やりたいことは環境に関係なく実現する」という姿勢には、本当に学ぶべきものがあると感じます。

また、三木選手は「試合は現地集合、現地解散」というスタイルで、ナショナルチームとは別に単独で世界を転戦しているそうです。

自分のスタイルを貫きながら結果を出し続ける姿は、介護の現場で働く私から見ても、「自分らしさを大切にする」ことの重要性を教えてくれます。

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世間の反応やSNSの声

三木つばき選手の活躍に対して、SNSでも様々な声が上がっています。

「三木つばき選手、W杯総合優勝おめでとう!ミラノ五輪での金メダルを期待してます!」
「雪のない静岡から世界女王になるなんて、本当にすごい。努力の賜物だね」
「パラレル回転での世界選手権優勝、かっこよかった!レデツカに勝てるのは三木選手だけかも」
「掛川市出身の星!地元でみんな応援してます!」
「22歳でここまでの実績を残せるなんて、将来がさらに楽しみ」

多くの人が三木選手の実力と努力を認め、ミラノ五輪での活躍を期待していることが伝わってきます。

特に地元・静岡県民の応援は熱く、「静岡の誇り」として温かく見守っている様子がうかがえました。

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まとめ:三木つばきの経歴と実力は本物!五輪での活躍に期待

ここまで、三木つばき選手の経歴やプロフィール、実績について詳しく見てきました。

改めて整理すると:

  • 2003年6月1日生まれの22歳、静岡県掛川市出身(長野県白馬村生まれ)
  • 4歳でスノーボードを開始、父親の影響を受けて競技をスタート
  • 小学6年でプロ登録、史上最年少のアルペンプロスノーボーダーに
  • 2023年世界選手権でパラレル大回転金メダル、日本人初の快挙
  • 2024-2025シーズンにW杯総合優勝、日本人初の快挙
  • 2025年世界選手権で金・銀メダル獲得
  • W杯通算8勝という輝かしい実績

雪のない静岡から世界の頂点を目指し、着実に実績を積み上げてきた三木選手。

その実力は本物です。

2026年2月のミラノ・コルティナ五輪では、最大のライバルであるエステル・レデツカ選手との対決が注目されます。

「絶対女王」を倒して金メダルを獲得できるか。三木選手の滑りから目が離せません。

私自身、登山で山の素晴らしさを感じる一人として、雪山を猛スピードで駆け下りる三木選手の勇気と技術には心から敬意を表します。

地元・静岡をはじめ、日本中が三木つばき選手を応援しています。

ミラノ五輪での金メダル獲得を心から願っています!

以上、三木つばき選手についての記事でした!

これからも三木選手の活躍を温かく見守っていきたいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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